気づきというのは、無意識レベルで行われていることを意識レベルに、認識するこ とを言います。
もし、それが出来ないでいると、無意識レベルで終わってしまい、気づきとは言えません。
なんだかわかるようでわかりにくい表現ですね。
例えば、車を運転している時は、目的地に向かうことに意識を向けたり、また着いてから会う人のことを考えたり、全然関係ない晩ご飯のメニューを考えたり・・・と車の運転自体に意識を向けることなく自然に運転していることが多いと思います。こんな時、「私は今運転してるんだ。」と意識することを気づきと呼ぶとします。
これは実際に行われている状態に対する“気づき”ですが、これが、心の中で無意識に行われている状態に対して“気づき”を得るというのは少し難しいことです。
ex....当たり前のようになっていた「心の習慣」
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【心の習慣1】お金は貯金し、欲しいものはひたすら我慢し 節約に努めるのが当然。
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【ある瞬間】お金持ちではないけれど、本当にやりたいこと、本当に欲しいものに
お金を使う人の幸せそうな人を見つけた時
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【気づき】貯め込むばかりではなく、有効な使い方をすることで有意義な時間を得られ
お金を持っているだけが幸せではない。
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【心の習慣2】一生懸命身を粉にして働けば幸せになれる
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【ある瞬間】お給料は少ないけれど、大好きなことを仕事にしている人を見つけた時
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【気づき】好きでもない仕事に不平不満を言いつつ人生を過ごしていることは、時間の浪費ではないのか? と思い始める。
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人から教えられるのではなく、ふとした瞬間に得られる「そうだったのかぁ〜」という湧き上がる“気づき”。
一瞬なのか、長い時間なのかわからない・・・
どちらにしろ 深く自分を見つめ、今までにはない角度から自分を捉えた時に
ハッとするような“気づき”。
これには例えようのない喜びやショックを感じることがあります。
成長過程で自然に身に付いた“透明な信念”“無意識のこだわり”“いつの間にかかけていたメガネ”
「○○はこうあるべきだ!」「○○はこうでなくてはならない!」と無意識に刻み込まれている心の持ち方。
これらを一つずつ消していくことで生きるのがずいぶん楽チンになるはずです。
この“気づき”は、 本を読んでいる時、散歩をしている時、テレビを観ている時、だれかと話している時・・・など、 ふとひっかかった言葉、感情などがもたらしてくれます。
同じテレビを観ていても、ただその時間を楽しむだけに終始している人。
それこそ いつも無意識に“内なる気づき”を求めて生活している人とでは おのずと違いが生まれるのでしょう。
その人に準備ができた時に“気づき”が与えられるのだと感じます。