
日本は、自分の意志をアピールしたり表現する人より、どちらかというと波風立てない協調性のある人柄を良しとする傾向が強かったように思います。今もかな?
でも、そんな国民性も少しずつ変わらなければ生きづらさを増していく…という時代の流れも感じます。
楽チンだけど失礼のない自己表現の仕方を模索する中、このページでは“協調”と“妥協”について綴りたいと思います。
この2つは「何かを決めたり、選んだりする時の心の姿勢」であることは共通してますが、似て非なるものであることは誰にもわかることだと思います。
心理学者 河合隼雄氏曰く
「“協調”と“妥協”の差は、
“協調”はそのことをするまでに苦しみがあるのに対して、“妥協”はそのことが終わってから苦しみがある点にある。」(著:「働きざかりの心理学」より)
“協調”の「協」は「協力する」の「協」であり、相手の思いと共に自分の思いもそこに存在するわけです。相手と自分の考えを擦り合わせる思考の中で苦しみも伴いながら より良い決定に導くことです。
一方“妥協”というのは、上記の擦り合わせ(話し合い・ぶつかり合い等)をせず、安易に自分を抑えていることが多いです。事はすんなりいったようでも どこか“しっくりいかない感”を伴う。“納得いかない感”を抱えたままの歩みとなるわけです。
とはいえ、大人の世界で、全て納得して事を進める…というのは難しいことです。たまには自分も折れ、相手の意見を優先させることが必要な場合も多くあります。
しかし、そういう時にも思いを抑えた自分を知っていて「ココではこれでいいのだ。」という、ある種 折れた自分に納得していることも必要だと思います。
人生の中で 妥協することが習慣となり 納得できていない自分が無意識の内にどんどん溜まっていては、どこかでそれが何かの形で爆発します。
どうでしょう?
あなたの心のスタンスは
「私は妥協することなんて ほとんどないわ。」派?
「そういえば、妥協すること多いかなぁ。」派?
「私、ほとんど妥協してるわ。」派?
ちょっと振り返ってみませんか?